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熊本地方裁判所 昭和23年(行)17号 判決 1948年12月20日

原告

大山武保

被告

天草郡阿村議会議長

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告が熊本県天草郡阿村議会議員であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は昭和二十二年四月三十日施行せられた天草郡阿村議会議員の選挙において、議員に当選し、爾來その職務に尽力してきたが、村政改革に対する原告の熱意と努力にも拘らず、村民一般の自覚は極めて低調で意の如くならなかつたので、不満に耐えず、遂に同年十一月十日議員辞職の意を決し、当時議会が閉会中であつたので地方自治法の定めるところに從い、議長たる被告に対し、「当選後半年、何故か眞面目に論議し、眞剣に行動することが如何にも無意味に感じ自然熱意失す。熱意なくして公職の完遂難し、只だ徒に肩書のみを有しその職に留まるは公職を冐涜するものなりと深く信じ潔くここに辞職する」旨の同年十月十日付辞職申出書を提出して、辞職の許可を求めたところ、被告は右書面の辞句が穩当でないから議長としてこれを受理する訳に行かないとの理由で、自ら原告方を訪れて右書面を返却し、若し是非辞めたいのであるならば家事の都合等穩当の辞句に改めて書面を再提出せられたいとの申入れがあつたので、原告は後日内容を書き換えて再提出する旨答えて、前記書面を受取つた。しかし右書面の辞句は原告の素直な辞職理由を表明したものであり、全く右以外の理由による辞職の意思はなかつたので、その後更に熟考の結果、遂に辞職を思い止まり、辞書申立書の再提出もしなかつたのである。然るにその後被告は、原告の辞職 ては許可を与えたから、原告は議員としての資格がないと主張し、そのため原告は、その後の村議 の旨の通知を受けず、議会の会議にも出席を拒まれ、議員としての資格を全然無視せられ 原告の提出した辞職申出書は前記の如く、その内容が不穏当であるとして却下せられ何等 としての効力を生ずるには至らなかつたのであるから、これに対する許可のあるべき筈はなく、しかもその後原告は辞意を翻えして辞職申出書の再提出をもしなかつたのであるから、原告が依然議員たる資格を有していることは明らかである。仍て議員としての職務遂行の必要上、議長たる被告に対し右資格の確認を求めるため本訴に及んだ。と陳述し、

被告の本案前の抗弁に対し、地方自治法第百二十七条、第百十八条は地方公共団体の議会議員の被選挙権の有無を審査する権限を定めたものに過ぎず、議員であることの審査権についての規定ではない。本件資格の審査権は辞職申出に対する許可権を有する議長に属するものと解すべきである。と述べ、

次に本案の答弁に対し、被告が原告の辞職申出を口頭で許可したとの主張事実は否認する。被告は議員の辞職は要式行爲でないと主張するが、これは非常識極まる暴論である。元來公務員の辞職申立は單に辞意を口頭で述べるだけでは充分でなく、必ず書面による申出を要することは、旧來から「辞表を懐にして」との言葉が慣用されているのに徴しても明らかであり、原告亦この趣旨の下に文書を以て辞意を表明したのである。又辞職の許可についても、地方自治法第百二十六条の規定は、議員が公選せられて議員となつた以上、みだりに辞職することは許さないが、止むことを得ない理由のあるときは、これを検討した上許可を爲すべき趣旨であつて、その許可には愼重な取扱を要し、口頭のみで処理するような軽々しい取扱いは許されないものと信ずる。従つて仮に原告の辞職申出に対し被告が口頭で許可を与えたとしてもそれは適法な許可といえないから、原告が依然議員としての資格を有していることに何等変りはない。と述べ、

証拠として、甲第一号証を提出し、同号証中の鉛筆書きの部分は原告、インキ書の部分は阿村議会書記においてそれぞれ記載したものであると附陳し、証人中山若松の証言及び原告本人の供述を援用し、乙第一号証は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は先ず「原告の訴を却下する。」との判決を求め、元来村議会議員の資格の有無につき紛争を生じた場合、これを審査決定する権限は村議会に属するもので、このことは地方自治法第百二十七条第四項第百十八条第五項の規定の精神に照し、疑を容れないところであり、議長は何等このような権限を有するものではないから、被告は本訴の正当な当事者でない。從つて原告の訴は不適法として却下せらるべきである。と述べ、

本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張事実中原告が、その主張の選挙において天草郡阿村の議会議員に当選したこと、右村議会の閉会中議長である被告に対し、原告よりその主張のような内容の辞職申出書が提出せられたこと及び被告が右書面記載の辞句が穩当でないとの理由でこれを原告に返却したことは認めるが、右辞職申出書が被告に提出せられたのは昭和二十二年十二月十日で、書面の日付は同年十一月十日となつていた。本件辞職申出書には、辞職理由として、村議会及び同議員を侮辱するものと解せられる文言が記載されていたので、被告は右提出の日の翌日である同年十二月十一日原告の申出に対する処分を爲す前に、念のため原告を除く村議会議員の参集を求め、本件辞職申出書を示して各自の意見を求めたところ、出席者十三名のうち十二名は、原告の辞職を許可して差支ないが、理由の文言は穩当でないから、訂正又は削除させるべきであるとの意見であつて、その侭許可して差支ないというのは只の一人であつた。そこで被告は即日議員の一人である訴外中山若松を同伴して原告を訪ね、一応その眞意を確めた上、辞職の申出に対しては許可する。しかし辞表は將來に残る文書であるから穩当な辞句に書き換えて再提出せられたい旨口頭で申入れたところ、原告もこれを承諾したので、書面は一応返却したのであるが、原告はその後辞職申出書の再提出をしないで、遂に今日に至つた次第である。しかし被告が原告の辞職申出書を原告に返戻したのは、いわゆる辞表の却下ではなくして、それは単に辞職理由を書き直させるためであり、原告の辞職申出そのものを却下したわけではない。しかも元来議員の辞職申出及びこれに対する許可の行爲には別段書面による手続を要するものではなく、口頭の申出に対し口頭で許可しても何等差支ないのであるから、被告が昭和二十二年十二月十一日原告の辞職申出に対して爲した前記辞職許可は当然有効で、原告は同日議員の資格を失つたものというべきである。仍て原告の本訴請求は失当である。

と述べ、

証拠として、乙第一号証を提出し、証人小田覚、同〓田元貴、同野崎久八の各証言及び被告本人の供述を援用し、甲第一号証は知らない。

と述べた。

理由

職権を以て本訴の適否について考えて見るに、本件において原告は天草郡阿村議会の閉会中議長たる被告に対し提出した議員辞職申出書が却下せられ、その後辞職を思い止まつたとして、議員資格の存続を主張し、その職務遂行の必要上右の資格の確認を求めているのであつて、右辞職申出に対し被告の爲した処分の取消を求めるものではないからその訴は本來議員であることの資格を審査する権限を有する機関に対して爲されねばならぬことはいう迄もない。

そこで右資格審査権が何れの機関に属するものであるかの点について検討して見るに、元来、普通地方公共団体の議会の議員が選挙により当選し議会の構成員となつた後における議員資格に関しては、その被選挙権の有無が問題となつた場合に、その公共団体の議会がこれを審査する権限を有する旨の地方自治法第百二十七条第一項後段の定めがあるに止まり、右以外の場合における議員の資格審査につき別段の明文の定めがなく、この点国会議員の場合に国会法第百十一条がその一切の資格争訟を所属議院において審査決定する旨を明らかにしているのとは異る。しかし日本国憲法中地方自治に関する各規定並びに地方自治法中議会に関する各規定の趣旨を綜合して見ると、普通地方公共団体の場合においても、議員資格審査権につき特別の明文の規定はないにせよ、右国会議員に対する所属議院の場合と例を異にする別段の理由はなく、議会の議員資格については、その所属の議会が地方自治の最高機関として、自律的に当然にこれを審査する権限を有するもので、前記の地方自治法第百二十七条第一項の場合における議会の権限はその例示にすぎないものと解すべきである。これに反し議会の議長は議会の秩序を維持し、議事を整理し、議会の事務を統理し、議会を代表する(地方自治法第百四条)のを本来の任務とするもので、議長が議会の閉会中に議員の辞職を許可する権限を有する旨の地方自治法第百二十六条の定めがあつても、それは単に本来議会の権限に属する筈の辞職許可権を議会閉会中に限り、便宜上議長に委任したに止まり、これを以て直ちに、議員中から選挙せられた議長が、他の議員に対しその許可権の行使に基く議員資格の有無を審査する権限を有するものとは爲し難い。従つて本件において原告が議員であることの資格を審査する権限は、議長たる被告が原告の辞職申出を許可したと否とに関係なく、天草郡阿村の議会に属するもので、被告は何等このような権限を有するものではない。

仍て本訴は正当な当事者としての適格を欠く被告に対して提起せられたものとして到底不適法たるを免れないから、本案につき判斷する迄もなく、これを却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条の規定を適用し主文の通り判決する。

(川井 池畑 木下)

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